まさかの劇症肝炎発症!死の淵から生体肝移植を受け,みごとに生還を遂げた2児のパパのブログ

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宣告

2010年5月10日、超音波検査を検査を実施。

その後先生が病室にやってきて、

「パパさん、超音波の検査はあまり問題ないけど、念のためH大学病院へ転院

しましょう。」と言われました。

その際先生へ「劇症肝炎になる可能性はありますか?」尋ねると、

「ないわけではない。ありえる。H大学病院へ行ってもおそらく、ベットで安静にして

いるだけで、退院できると思うけどね。」とのこと。この時先生が、念のためや、万が一を

すごく強調していたのを覚えています。

そしてその日の午後、救急車でH大学病院へ搬送されました。

人生初の救急車だっだためか少々緊張キョロキョロこうなってるんだ

室内は思ったより静かで、すごく狭かった印象があります。

10分後、H大学病院へ到着。5~6人スタッフ迎えられながら内科に入院となりました。

到着後、研修医2人と担当医師の3人で超音波検査実施。

「萎縮は思ったよりないな・・・門脈、流れてるな。・・・・」思ったよりいいなという

先生同士の会話を聞いて少し安心しました。

その後病状の説明を受けるため、妻と面談室へ。医師からの説明が始まりました。

病名:急性肝炎

治療計画:肝炎の原因を検挙し、対症的な治療を行っていく

手術予定:なし

入院期間:約1ヶ月


との診断内容でした。さらに、現状をホワイトボード使用して、

「パパさん、あなたは分かれ道の真ん中に立っています。左へ向かえばこのまま完治しますが、

右へ向かえばさらに2つの道があります。1つは20%はの確立で完治しますが、もう1つ

は80%の確立で肝不全を発症し亡くなります。中には肝移植で助かる人もいますが・・・」

その説明に唖然。衝撃が走った。全身の血の気が引き、冷や汗、倒れそうになりました。

突然 死の宣告・・・すごく恐ろしくて震えが止まらなかった。

生涯忘れることはないだろう。







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体の異変

あれは2010年5月5日ごろから始まったと思う。

急性肝炎発症後、最初に出てきた症状が食欲不振でした。何を食べてもまずいのです。

当初は、白身魚中心のすごくまずい病院の食事せいかな・・と思ってましたけど。

それは日を増すごとに段々と、ひどくなっていきました。それでも病気を治したいが

ために、無理に口に入れ水で押し込みながら食べていたのは今でも忘れません。

 続いて表れた症状は、次の日の6日あたりからだったと思うが、黄疸でした。

朝、洗面所で鏡をのぞいてびっくり!!目と顔がほんのりと黄色くなっていました。

黄疸=体調が悪い・・・ってことは噂で聞いたことがあったため、そのショックは

計り知れないものでした。この日を境にトイレ・洗顔以外はベット上で安静に

過ごすことが多くなりました。安静のことを考え、この日でタバコもやめました。

・・今後どうなるんだろう・劇症肝炎になるんじゃないだろうな・もしかして死んで

しまうのかな・・・すごく不安な毎日でした。少しでも不安を解消しようと、看護師

へ病状を尋ねますが、「先生に聞いてください」お叱り!

肝心の先生は2~3日に一回来るのみで、特に病状の説明なし・・・

食欲不振、黄疸は日増しにひどくなる。

こんなことが続けば誰でも不安になりますよね・・・(ここの病院には2度といきたくない)

そんな中でも、・・あしたは必ず良くなる。・・毎日希望を持ちながら必死に

頑張っていました。

病状の説明を受けたのは、体の異変があってから3日後5月8日でした。

A・B・C型肝炎検査いずれも(-)であったことや、肝機能が

まだ上昇中であること。検査の結果次第では、H大学病院へ転院の可能性があるとの

ことでした。

H大学病院への転院可能性・・・

これを聞いたとたん、病状がかなり悪化していることを確信したのだった。






















[ 2011/08/09 17:20 ] 急性肝炎の発症 | TB(0) | CM(0)

最初の入院

2010年5月1日(土)午前中、急いで妻と共にH市立病院へ向かいました。

僕にとっては24年ぶり人生で2回目の入院でした。(7才の時肺炎で

1週間入院して以来。)

到着後、すぐ受診。その際先生から、「奥さん以外の人と最近遊んでない?」

とか「最近海外に行ってない?」とすごくしつこく尋問されたのを覚えています。

(たぶんA・B型肝炎を疑っていたのでしょう。)

もちろんそんなことはなかったのできっぱり否定しました。

その後、病室へ行き4回ほど血管をはずされながらも、点滴開始。

(現在でもトラウマで点滴が怖い)

入院初期の体調は、だるさが若干ある以外はいたって健康の時とそう変わりませんで

したから、じっとしていられず喫煙所との往復ばかりでした。また点滴の効果も現れ、

徐々に肝機能の数値も下がり始めてきていました。先生も「いい感じで下がり続けて

ますよ。順調ですよ。」とお褒めの言葉。僕の気持ちのも余裕が出始めてきました。

だがそんな日が続いたのも3日目まで

入院生活4日目朝、先生があわてて病室に入って来て、一言!

「パパさん肝機能か4桁に上昇したから、先生、肝臓専門の先生に変わるから!」

このとき、言われた本人は事の重大さに気づいていなっかった。昨日まで順調に回復

していたし・・・

それに気づいたのはお風呂に入ろうとした際看護師が放った一言。

「パパさんお風呂入ればだめ!安静にしてないと、すごく肝機能悪いんだよ。」

(お風呂に入れないほど悪いのか・・・・・)

このとき初めて事の重大さに気づいたのだ。

この日を境に、体調は激変することになる。






















[ 2011/08/07 01:05 ] 急性肝炎の発症 | TB(0) | CM(0)

再検査

 2010年4月30突然携帯電話が鳴った!

それは会社の上司からで、、病院へ大至急再検査に行ってほしいとの内容でした。

(マジ!・・もしかして今までの体調不良は・・ガン?・・どうしよう・・)

いろいろな憶測や不安が頭をよぎり、すごく怖かったのは今でも覚えています。

病院へ到着し早速確認すると、肝機能に異常が見られるとのことで血液の再検査

が必要とのこと。結果は後日が出るので受診してくださいとのことでした。

4月27日健康診断の結果(異常のみ)

・AST(GOT)→210 ・ALT(GTP)→504 

・γーGTP→728


そして後日の5月1日(土)再受診。検査の結果は前回よりも少し数値が上昇して

いるとのことでした.胆石が流れたりするときも肝機能が上昇するということで

超音波検査も実施しましたが、異常ありませんでした。結果、急性肝炎と診断され、

今日の午前中内にH市立病院へ入院してくださいと言われ、おおむね2週間から

1ヶ月入院が必要であること、治療薬がないこと、点滴で栄養を取り要安静に

していれば治ること、劇症肝炎ではないことを説明してくれました。

(明日からゴールデンウィークなのに、現場もう少しなのに・・

先生の嫌がらせ??せめてゴールデンウィーク明けにしてもらえないかなぁ)

といろんな思いがありましたが、先生の前では結局言葉にできず、しぶしぶ入院を

受け入れ病院を後にしました。

だが、今となってみればこの選択は間違っていなかったのだ。

もし、ゴールデンウィーク後に入院していたら・・・・・・

そしてこの日は、生涯をともにする劇症肝炎の存在を初めて知った日でもある。
























[ 2011/08/05 11:29 ] 急性肝炎の発症 | TB(0) | CM(0)
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