まさかの劇症肝炎発症!死の淵から生体肝移植を受け,みごとに生還を遂げた2児のパパのブログ

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ICUへ

 2010年5月20日、僕の頭の中に午後からの記憶はない・・・

肝性脳症のにる意識障害の始まりである。

ここからは妻に聞いた話になります。

夕方にはICUへ移動となり、すぐ導尿カテーテルが挿入されたそうです。

その際、すごく痛がっていたらしく、股間が痛いとICU内ですごく叫んでいたみたいで、

すごく恥ずかしかったといっていました。妻の問いかけには反応はなかったみたいです。

そして看護婦の話によると、すごく暴れていたみたいで、手には抑制がされて

いたとのこと。

まさか僕が暴れるんなんて・・・さすがに聞いた時はすごくショックでしたね。

そんな記憶はないし・・・

 そして暴れていた僕も翌日21日には体調が一変、時々吐き気が襲う以外いびきを

かいては寝ているような感じだったみたいです。

この日から、血漿交換療法、接続的血液ろ過透析が行われていたみたいで、

それを行った結果、微動だにしなかった僕が、体を掻いたり寝返りをうつ行為が

見られたそうです。先生いわく、意識障害が少し改善したのではないかとの

ことでした。ただもう限界とのことで、明日(22日)生体肝移植を行うことを先生から告げ

られたそうです。

何とか明日までもってほしい・・・親戚中で祈るようにその日を過ごしたそうです。

そして翌日の2010年5月22日(土)

緊急手術にて生体肝移植がはじまったのである。






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記憶

 劇症肝炎を確信した時のショックはもちろんはかり知れないものでしたが、

それよりも・・なんとしても家族のために生きなければ・・という気持ちの

ほうが、遥かに勝っていた。

明日は必ず良くなる!!・・・毎日面会に来る妻から励まされながらもその可能性を信じ、

日々の採血の結果に希望を持ちながら毎日を戦っていました。

しかし、その願いも無念・・・回診に来るたび先生の笑顔消え、日を増すごとに

表情の険しさましていったのである。

さすがに当時はすごく怖かったくて眠れぬ日も続きました。

雪山で遭難したわけでもないのですが、眠ると死ぬようなきがして・・・・

この入院生活で初めて実家の父母にも電話で弱音を吐きました。

劇症肝炎で、もうおそらく移植しなければ助からないと・・・

父からは、「俺の肝臓やるから、もう少しがんばれ」と励まされましたが、

当時の僕は、移植なんてドラマの世界で非現実の世界と思っていましたので、

たたうなずくばかりでした。

 転院から九日目の2010年5月19日、このころになると、発熱・黄疸は

もちろんのこと、食事以外でも頻繁に吐き気が襲うようになっていました。

食事もまったく食べることができなくなっていました。

血液検査・羽ばたき振戦の検査のほか、簡単な足し算テストが行われるように

なりました。例185+231= 見たいな感じです。

血液検査以外は特には問題なくありませんでした。血液検査のは先生の顔で

すぐわかったため、特に聞きませんでした。

そして翌日、5月20日が訪れました。この日は羽ばたき振戦の検査は問題なかった

のですが、足し算テストが不合格でした。明らかに頭がボーとする日ですごく

眠い日でもありました。そん中事件発生!

面会に来ていた妻へ一言、

「どうせ俺の病気のことは人事にしか考えてないんだろう」と暴言を、吐いて

しまったのである。なぜ言ったのは自分でも不明であるが、おそらく肝性脳症

のせいだと思いますが・・・・

結果、妻にビンタされ帰られる始末。

そして妻が帰ったあとすごく後悔し、落ち込んだ記憶があります。

そしてその後は先生の説明聞いて同意書にサインした記憶が・・・

自分の名前が書けなくてすごく焦っていた記憶が・・・・・・



僕がしたサインそれは・・・・・・ICUへの移動の同意書でした。(術後判明)

これが自分の肝臓と過ごした最後の記憶です。



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確信

突然の死の宣告は、地獄の日々の始まりでもありました。

目をつむると浮かぶ自分の遺影や、葬式の映像が頭をよぎるようになり始めました。

何度も心が折れそうになりましたが、家族のことを思いながら明日は必ず良くなることを

信じ恐怖心と戦っていました。

転院3日目の(2010年5月12)、このころになると、黄疸・食欲不振はさらに増し、

発熱も見られるようにになりました。

食事に関しては、口に含むものの吐き気すごく味噌汁を飲むのがやっという状態でした。

またこの日からは毎朝の採血のほか羽ばたき震戦(肝性脳症の初期症状の確認)

のテストが行われるようになりました。

写真はテストの再現しました。

CA3G00790001_convert_20110813113647.jpg

異常の際はこのようになります。

CA3G00800001_convert_20110813114256.jpg

テストの結果は異常なし、採血の結果は相変わらず悪いとのことでした。

A・B・C型肝炎の検査の結果(-、念のためE型肝炎の検査も行うとのことでした。

また食事が取れてないので点滴の量を増やしたいとのこと、腕からの点滴を

右胸部の太い静脈へ移動するとのことでした。

その日の午後、早速実施。施術は部分麻酔で行ったため痛くはありませんでしたが、

終了後2~3日は首周辺に違和感があったのを覚えています。

それから次の日、その次の日・・・

自分の期待感と裏腹に肝機能は一向に良くなりませんでした。

そして転院後6日あたりの5月15日のごろのことだったと思う。トイレに行って唖然!

目を疑った。尿の色が紅茶のような色に。

もしかして俺は劇症肝炎・・・・

このとき確信したのである。



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