まさかの劇症肝炎発症!死の淵から生体肝移植を受け,みごとに生還を遂げた2児のパパのブログ

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願いごと

本日から続き再開します。その前に一言。先日の三沢航空際の写真が今日の

地元新聞が特集で掲載。みてびっくり僕が写ってました。

しかもピントもばっちりみごと10万人の中からですよ~

なんてプチ自慢はさておき、それでは始めます



ICUでの体調は、発熱がある以外は特に症状がなく良好だった気がします。

手術後、傷口を痛がる人が多いみたいですが、僕には特になし。

看護師もすごく驚いていました。唯一体で気になった点といえば、両腕内側の

手首から肘にかけてと、足の付けね付近の内出血のあとでした。

痛み等はなかったのですが、紫色で広範囲激しい内出血だったので看護婦に確認

すると、手術前にできたものであり、時間はかかるが完全に治るとのことでした。

(結局7月に入ってから完治する)

最も激しかった左腕の6月下旬写真(治りかけてますが・・)
CA3G00510001.jpg


ICUでの治療に関しては、点滴(栄養剤・免疫抑制剤・血小板の輸血など)がメインで

毎日の血液検査・超音波検査(1日2~3回)、必要に応じてレントゲンが行われて

いたと思います。

治療以外は眠っているだけだったので、5月26日ごろ(術後4日)なると

眠ることができなくなり、ただ天井を見つめてぼっーとしているだけ。

1時間ぐらい経過したかなと時計を見るが、5分しかたっておらず・・・

これの繰り返し・・・すごく暇をもてあましていました。

さすがにこれを見た看護師がテレビを運んできて見せてくれたのですが・・

長続きせず次第に暇に・・・いつのころからか、 が、早くここを出たい

に変わっていました。早く出たい・早く出たい・・いろんな神様・仏様にお祈り

この時、先日の嘔吐をすごく後悔する。

そして5月28日朝(術後6日)、ついにその願いが叶うのである。






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ある出来事

手術後、のどの渇きと戦っていた僕に水分補給の許可が出たのは、

5月25日(術後3日後)のことでした。5日ぶり(5月20日)の飲食で

あったため、まずは水から。胃が驚くため少しづつ唾液を混ぜながら飲んでください

とのことでした。そして少しずつ口へ含み、30秒位かけゆっくりと飲み込む。

水がこんなにおいしいとは・・・生まれて初めて感じましたし、水をこんなに味わって

飲んだのも初めてでした。

それから数時間後、水のほかにお茶・ポカリスウェット等のスポーツドリンクを

飲んでもいいとお許しが。早速いただく。久しぶりの糖分にしばし感動・・・・

その際調子にのって少し多めに飲んだことが命とりに!災いをもたらすのである

数分後、吐き気が・・・すぐに看護師を呼び、洗面器へリバース

当初は久しぶりに飲んだから仕方ないかと思っていたのだが・・・

後の診察で先生が僕に一言。

「嘔吐がなければ、明日一般病棟に移動してたのに・・・飲んで吐いちゃうと薬が

飲めないんだよ」

ガーーン

数分前の浅はかな自分の行動を悔やみましたが、すでに遅し

その後も何度か吐きそうになることがありましたが、吐き気を意地でも我慢しました。

今になってみれば笑い話ですが、当時は先が見えなかったためすごく不安でした。




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心の支え

移植後入院生活を振り返ってみて一番きつかったのは?・・と聞かれれば

ICUと答えるだろう。

移植で助かったのはなんとなく実感していたのですが・・・・

目をつむれば、肝不全になって死んでしまう夢、先生が助からないと

見込んで見捨てた夢など肝臓が悪くなる悪夢が襲い、目を覚ませば、人体実験されて

いるのではないかとか、自分は健康なのに何で寝かされているんだなど幻覚に襲われ、

医師が診察や処置をするたびに痛いことをされるんではないかとか、ここから一生

出れないのではないかという不安がすごく付きまとい、何が現実なのかわかりません

でした。助けてとか、奇声を上げて何度助けを求めたものか・・・・

(肝性脳症のせい?ICU症候群のせい?いずれかは不明)

また身体的苦痛といえば、両手が抑制されていたので寝返りができなかったこと、

のどが渇いているのに水が飲めなかったこと、24時間つきぱなしの照明・機器の

電子音等のせいで眠れなかったことがすごくすごく辛かった。

もうだめだ・・・耐えられない・・・

そんな中、僕の心の支えになってくれたのが2人の息子の存在でした。

しばらくの間会っていなかったのですごく会いたくて会いたくてたまりませんでした。

ICUに面会にはこれないとい妻から聞かされていたのでなおさらです。

・・もう少し辛抱すれば会えるんだな。こんなことで弱音吐いてたら、カッコ悪いな・・

頑張らなければ・・・絶対にここを出てやる・・・

当時、2人の息子に会うことだけが唯一の心の支えだった気がします。








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生還

それは2010年5月24日午前(生体肝移植手術から約1,5日経過)の

出来事であった。麻酔でうとうとする中でも当時のことははっきり覚えている。

「パパ、パパ」・・・・・僕を呼ぶ声が・・・

明らかに聞き覚えのある声である。目を開けると、まぎれもなく妻の姿が・・・

「誰かわかる?」と問いにうなづいて答える。

「私にダイヤモンド買ってくれるって約束したよね」との問いに首を横に振ると

妻は安心した様子。

その後看護師が妻へ「約束してたんですか?」と問いかけたみたいで、

「いいえ、脳に障害があるか確かめただけです」と妻が答えると看護師の笑い声が・・・

そして妻が、

「パパ、手術終わったよ。ほんとにがんばったね。すごいよ、たいしたもんだよ」

と僕に言うのだが・・・・・何のことかさっぱりわかりませんでした。

というのも意識がもうろうとし目をあけた瞬間、視覚障害がありましたから。

(白の色がはっきり見えない。妻の目をみると白目がなく黒目しか見えない状態)

おれどうしたんだろう・・なんでここで寝てるんだろう・・口に何か入ってる・・

手術って何のことだろう・・・そういえば、以前移植の話を聞いたような・・・

体を見て、黄疸が良くなっているのに気づく。

おれは移植で助かったんだ・・・

手術にいたるまでの過程を知らなかった僕がなんとなく実感した瞬間でもあり、

死の淵からの生還を実感した瞬間でもありました。

なんとなくと記しましたが、これからさまざまな幻覚が僕を襲い始めるのである。

当初、麻酔からが覚めるのは術後3日ぐらいの予定であったため、術後1,5日で

の目覚めには先生方もすごく驚いていたそうです。そして術後経過として、再手術もなく

容態も安定していたそうです。

当時の全身の状況です。このほか、首に点滴されていました。ご参考までに!

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