まさかの劇症肝炎発症!死の淵から生体肝移植を受け,みごとに生還を遂げた2児のパパのブログ

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奇跡

{なんで運が悪いんだろう・・・なんで俺だけこうなるの・・・}

入院中、常にそう思っていた気がする。

だが、退院後いろいろ振り返ってかんがえて見るとそれは違っていることに気づく。

病気になってしまったのは、もちろん不運。でもあの瀕死の状態からの生還・・・

はっきりいってある意味、運が良かったのかもしれない・・・・

いや、運が良かったのである。

すべて幕開けは会社の健康診断から。運よく急性肝炎が見つかり入院できたのだ。

もし、これがなかったら途中で倒れておそらく死んでいただろう。

急性肝炎の1%がなるといわれる劇症肝炎の発症したのは不運としか思えないが、

そんな中でも内科の先生がこうなることを予想して移植の準備を進めてくれたことや、

ドナーになってくれる人がいたことがさいわいし、緊急の生体肝移植手術することが

できたのだ。

「もし途中で倒れて救急車で運ばれて来ていたら、おそらく助からなかったよ。病気の経過

や血液のデーターなどを観察することができたから、移植の準備ができたんだよ」

内科医が言っていた言葉である。ドナーの父ことだってそうだ。父はおよそ11年前、

交通事故に遭い瀕死のの重傷を負っている。顔面、腕等に骨折はありましたが、

奇跡的にも生還。もし当時、亡くなってでもいたら今回の奇跡はなかった。

また成功率50%といわれていた移植手術が見事に成功したのそうです。

時間はかかりましたが、何とか退院にこぎつけることができました。

そしてこのほかにも奇跡はありました。

それは金銭的な面なのですが、移植費及び移植後の治療費がかからなかったことです。

(食事代・パジャマ代{ドナーの分も含む}等だけの負担のみ。月2万ぐらい)

というのも、劇症肝炎は特定疾患(難病)であるため、特定疾患医療受給者証が交付

されていたので治療費は公費(国や県)で負担でした。移植後、担当医に移植費が

いくらぐらいかかったのか聞いてみると、

「1200万ぐらいかな」

っていわれました。病気のよっては移植費が健康保険適用外で10割負担の場合もある

そうで、ある意味劇症肝炎だったのが不幸中の幸いだったのかも知れません。

そして極めつけは、外来通院の際の診療費や薬代まで。

2010年4月1日から肝臓機能に問題があるかたに障害者手帳が交付の対象になった

おかげで自立支援医療(更生医療)が適用となったため、外来診療費や薬代等の負担が

所得によって上限が設定されるため負担率が軽減されました。

(適用以前は1ヶ月あたり薬代だけで10万以上負担していた人もいたらしいです。)

この2つの制度には、すごくすごく助かりました。

今回の生還は奇跡だったと思う。

不運の中の小さな幸運たちが力を合わせて奇跡を呼んできてくれたのであろう。


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念願の退院

9時半ごろだったと思うが先生が病室へ・・・表情は少し険しかったと思う。

「パパさん採血の結果、この前より肝機能は良くなってる。あともう少し下がってくれれば

いいんだけど・・・」(少しの間)・・・

「良いでしょう。外来で通ってもらいながら様子を見ることにしましょう・・・」

{よっし・・・}なんとかリベンジ達成

2010年7月26日(月)長くつらかった病院生活に終止符。

胆管チューブ及び胆汁ドレナージバック付ではありましたが・・・

この日ようやく念願の退院を手に入れたのである。入院から87日、術後65日目のことでした。

この3ヶ月間はすごく長かった。

あの健康だった僕が、突然死の宣告・・・まさかまさかの連続。

死と隣りあわせだった移植前は今でも思い出すだけで心臓が、バクバク・・すごく恐ろしい。

僕を救ってくれた方々や家族はもちろんのこと、恐怖や絶望、いろんな困難を耐え抜いた

自分にもありがとう言いたい。

今回の経験を通じて、人生たるもの一寸先は闇であることをすごく実感。

残された人生、悔いなく生きてやる・・・最後の最後まで・・・

退院の際、自分の胸に誓いました。

当時の31年間の人生を上回るような、すごく長く強烈な3ヶ月だった気がします。

当時の写真をどうぞ

CA3G00610001.jpg

見事な勲章でしょ?

妻に「このベンツマーク。かっこいいでしょう」と自慢げに見せたのだが・・・

「どう見ても三ツ矢サイダーのマークにしか見えないし」ってバカにされた

右側付近のに見えるものこれが胆管チューブです。

ベルト付近には胆汁のオン・オフのコックがついています。


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リベンジ

最終試験不合格のダメージは計り知れなった。あまりのショックに2日間くらいは

ベット上で寝て過ごしていたと思う。

7月21日以降は点滴も無く、特に治療もなし、ただ病院にいるだけって感じ・・・

7月中の退院はあきらめよう・・・お盆までに何とか退院できるよう頑張ろう・・・

と決意を改めた矢先の7月23日、夕方の回診で先生から驚くべき一言が・・・

「パパさん、最近治療も無いから退屈でしょう。もし、胆汁ドレナージバック

つきで良いなら、退院しても良いよ。後は外来通院でも対応できるし・・どうする?」

突然のカウンターだった。

「は・はいそうします・・・」

カウンターを見事にいただきました。

とりあえず26日(月)の採血検査結果がよければという条件つきではありましたが・・・

再び退院のチャンスが訪れたのでした。

前回は退院のチャンスを逃しているだけに今回でけは慎重に・・・そして自分にプレッシャー

をかけまいと気を使っていたせいか、3日間はすごく長かったです。

そして7月26日AM6時、再試験(採血)が行われました。

微妙に震える僕の腕をみて、看護師は失笑・・・

看護師が笑うも、せっかくいただいたこのリベンジチャンス、逃したくは無く・・・

この採血に全身全霊、体にも力が入るわけである。そして無事終了。

期待はしていないといいつつも、前日に妻に連絡。退院の準備をして9時くらいに

来る約束。そして9時過ぎ妻が病室へ到着。

すべての役者はそろう・・・

あとは合格発表のみ・・・

9時半ごろだったと思うが先生が病室へ・・・

そして衝撃の結果が・・・




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退院への最終試験

いつもの続き再開

退院への最終段階が始まったのは、2010年7月16日(外出日の前日)からです。

このころになると、体についてる付属品は胆管チューブ、腕に点滴1箇所のみ。

胆管チューブについているドレナージパックをはずす試みが始まりました。

(予定では退院の際は胆管チューブのみ残り、術後半年後経過も見ながら

取り外すとのこと)

術後、胆汁は胆管吻合部より胆管チューブからドレナージバックへ貯められおり、廃棄

されていた。この日から、ドレナージバック取り外し十二指腸へ胆汁を流し、

肝機能が問題ないかを確認するためのいわば試験みたいなものである。

最終試験ともなれば気合十分

そして午前の回診から、いざ開始・・・とりあえず20日まで様子見るとの

ことです。

初日は特に異常なし。ドレナージバックが無くなるとすっきり、歩いて移動する際も

非常に楽でした。

2日目、7月17日(外出日)。

ちょっと肝臓付近に張りが感じられるようになる。朝の回診の際先生に

「腹部に張りはありませんか?」ってたずねられるも、「いいえ」。

「はい」なんて答えちゃうと外出が中止なるかも知れないので何とか我慢

胆汁が流れ始めたせいか、レモンの色のようなから茶色へ変化。

3日目、4日目

日をますごとに張りはどんどん強くなっていく。

そして5日目、7月20日朝の回診が始まる。

その際、先生から肝機能が上昇していることが伝えられ意気消沈

僕も腹部に張りがあることを素直に自供する。

最終試験は見事不合格

そして再びドレナージバック装着、クランプ解除・・・凄い勢いで流れ出す胆汁みてがっかり。

7月中の退院は無理であることを実感・・・あまりのショックにそのまま寝込んで

しまったと思います。

そのときの採血の結果です。どうぞ参考に・・・


       AST   ALT     ALP      γ‐GTP  総ビリルビン  直接ビリルビン

基準値  13~33  8~42   115~359   10~47  0.3~1.2    0~0.3

16日    73    187     568      615     1.1      0,8

20日    200   369     653      889     1,3      0.9

   

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およそ2ヵ月半ぶりの外出

2010年7月17日(土)待ちに待ったその日が訪れました。

外に出るのは5月1日以来76日ぶりです。

回診後の9時半ころだったと思いますが妻が迎えにくる。

そして早速私服へ着替え・・・驚きの光景を目の当たりにする。

2ヶ月前まで来ていた私服がブカブカ

とくに半ズボンなんかは、ベルトをしても歩くたびにずり落ちてくる状態

だが、それもそのはず

入院した当初のはおよそ80kgあった体重が、
          
7月19日には63.5kg(-16.5kg)に減っていたのである。

スマートになった自分がうれしかったけど、妻に

「おじいちゃん見たいな体だな」

といわれたときはショックでした

(筋肉が無くなり、たるんだ皮膚、いかにも病的な体ってことらしい・・以前はプチマッチョ

何とかベルトを手で抑えながら病院を後に・・・この日は凄く暑い日。

強い日差しは、青白く病的な私の皮膚には凄く突き刺さりました。

久ぶりに車を運転・・・だがすぐ疲れて妻に交代

久ぶりに外食(ラーメン)・・・病院の薄味になれたせいなのか、濃い味に完全に舌が麻痺。
                   味がしませんでした
                
色々買い物に行く・・・すぐ疲れて長時間歩けませんでした

結局自宅へ・・・術前はもちろんのこと、術後でさえもう戻れないと思っていた

自分の家・・・。

やっぱりここが一番でした。凄く落ち着きました

そして少し横になると睡魔が・・・

起きるともう病院へ帰る時間

帰りたくは無かったけど、妻に連行されながら17時ごろ病院へ

{自分がいるところは病院ではないな!よ~し。早く良くなって、退院してやらぁ・・・

短い時間ではありましたが、今回の外出は気分転換はもちろんのこと、

入院生活が当たり前になりかけていた自分にNGをだしてくれたと思います。


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