まさかの劇症肝炎発症!死の淵から生体肝移植を受け,みごとに生還を遂げた2児のパパのブログ

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パパJAPAN 家族代表?

病室到着後、早速点滴開始。確か抗生物質だった気がします。そしてその後は別室にて

内科の先生より説明がありました。

<内容>

1 前処置 
・咽頭の麻酔を行い、その後は患者の苦痛軽減のため鎮静剤(眠くなる薬)を
 注射するとのこと。(鎮静剤を打たないとすごく苦しいらしい)

2 治療法
・口から内視鏡を挿入し、胆汁の十二指腸への出口(乳頭)から造影剤を流し
 レントゲン撮影し、胆管の状態確認。そしてチューブを挿入するとのこで、
 これらの治療を行う際には、乳頭を一部電気メスで切開が必要であるとのこと。

3 合併症等
・治療後の合併症として、膵炎、胆肝炎が起こる場合があるとのこと(3%の確立)や、
 出血(1%)、穿孔(腸に穴があくこと)が1%未満の確立で起こることなどの
 説明を受ける。

4 治療後
・腹痛や発熱の有無、採血の結果を見てから食事開始予定で、退院は採血の結果次第
 であること。チューブ挿入後、早い人で3ヶ月くらいで交換することや、
 チューブが流れて大便と供に排出される場合があることなど告げられる(再挿入)。

そして最後は、「きついと思いますが頑張ってください」との激励を受け終了。

いよいよ明日の本番を残すのみとなった。

そしてその日の夜である・・・内科の先生が最後に放ったきつい

という言葉がやけに頭にのこり、恐怖感でいっぱい・・・ビビリまくり

結局、あまり寝ることができず当日朝(2010年11月25日)を迎えることと

なってしまったのである。昨日の21時以降は絶食だったため、朝食はありませんでした。

そして9時妻が病室へ登場。ぼくがおそらくビビッているのではないかと心配して

早く来てくれたそうです。(この日は天使に見えました

せっかく来てくれた妻へ、こことぞばかり弱音をはく・・・(怖い、代わってetc・・)

そしていつもため息ばかり吐いているぼくへ、突然妻が問いかけてくる。

「あんたさぁ、もし子供たちがERBDをしなければならなくなったら

親としてどうしてあげたいと思う?」


「きつそうだから代わってあげたいと思うのが当然だ!」

「そうでしょう。だったらそう思いなさいよ。家族代表でやると思えば平気でしょ?」

「・・・・」

「サッカーじゃないけど、パパJAPANの家族代表に選ばれたと

思って胸を張って行ってくればいいじゃん」


「・・・・」

ムカついたから言葉が出なかったわけではない。

妻の言うことが妙に納得できたので、言葉がでなかったのである。

(妻の巧みな話術に誘導されたともいえるが・・・)

そして数分後、内科から準備完了とのお呼びが・・・

サポーターの妻から

「がんばってきて」

との声援の後押しを受けながらも

家族を背負ってERBDへ向かうパパの姿がありました。

(今現在でも、恐怖の際はパパJAPAN精神で頑張っています。子供や家族には

このような目にはあわせないでくださいと願いながらも・・・


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やっぱりすてきな奥さんですね・・・
奥さんの励ましのお言葉、さすが!お見事というより他ありません。
パパさんのこと、よーく分かってらっしゃるからこそのすばらしいサポーターですね。うらやましいです。

私はその日、ひとりで立ち向かいました。説明は前の日の夜で、両親が一緒に聞いてくれたけど、ステント入れる日は、病院には誰も来てくれていませんでした。

Drの説明は同じようなことでしたけど、穿孔の確立が普通より高いって言われました。でも前にコメントしたように、先生に、言ったこと、『大丈夫。私は運がいいから。』っていうのは、実は自分にも言ってたんだって今気づきました。パパさんのブログを読んで。

パパJAPAN精神って、かっこいい!!パパさんファミリー素敵です。!(^^)!
[ 2011/11/27 13:43 ] [ 編集 ]
私は運がいい・・・
僕のサポーターしてくれたのはこのときだけでした。
最近はホーム(家)なのにサポーター(妻・息子×2)はいません。
ママJAPANにまんまとのっとられましたe-443というのも、息子たるものいつもママ、ママ!
いつもアウェーで戦ってますe-350
僕にも娘がいたらなぁ~って思う今日この頃です。
(娘がいるリラさんがうらやましいですね)

私は運がいいからって言葉を聞いて僕も思い出したことがあったので書きますね。
僕がこの言葉を頻繁に使っていたのは移植前の劇症肝炎発症後の
闘病生活していた頃だったと思います。
当時はどん底で死を意識し始めた頃。
そんな中自分の生きてきた31年間を回想する機会が・・
そのとき気づいたのですが、過去色々な不運に見舞われながらもそれによって
ステップアップしながらも生きている自分の姿を初めて知ることができました。
もしかしたら僕は運がいいのかもしれない
この時はじめて気づいたんです。ある意味病気になったのは不運だけど、
健康診断で発見されたのは運がいいに違いない・・・
運だけはほかの人よりあるんだ!・・・
と思いながら必死に病気と戦っていた当時の自分を思い出しました。
今でも会社の解雇など不運は続くけど、運だけはあるんだと思いながら頑張っています。

リラさんのコメントを読んでると「あっ・僕もそうだった」ってのが面白いぐらい結構あります(*^^)v
[ 2011/11/27 19:07 ] [ 編集 ]
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