まさかの劇症肝炎発症!死の淵から生体肝移植を受け,みごとに生還を遂げた2児のパパのブログ

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術後187日、ERBD実施

2010年11月25日(術後187日)、病室を後にし看護師と共に内視鏡室へ向かう。

そして到着後は、今回が初めてということで一通りの説明を受け、

早速喉頭部の麻酔開始。

口腔内に注射器にて麻酔注入し、飲み込まないようのどの奥にためて待つこと5分。

最後は紙コップに吐き出して終了。

(麻酔の色は水色でどろどろした感じでまずい。思い出すだけども吐き気全開)

麻酔を吐き出してからはよだれを飲み込むことができず、口からダラダラと

出ていた気がします。

そして数分後、

「パパさん。準備できましたからどうぞ・・・」

{ドキッ、とうとうやってきたか・・・}パパJAPAN初の試合であるため緊張。

ここまできたらまな板の上の鯉状態。言われるがままに治療台(レントゲンの台)へ。

うつ伏せ寝、そして足には血圧計装着。続いて二の腕へ筋肉注射。(胃を広げる注射)

そして口が閉じないようなもの(穴が開いた筒みたいな物)をくわえさせられ

スタンバイ完了。

「それでは始めましょう。注射お願いします」

との掛け声でERBDと戦いがキックオフ。

点滴から鎮静剤投与開始。部屋の電気を薄暗くなるので、うとうとしそうになるのだが・・・

「よし挿入開始するか・・・・」

医師がとんでもなことを言い始めたのだった。(薬が効いて眠ってから挿入するものだと・・)

{おい・・まだ薬効いてないぞ・・もう少し待ってって!こんなの聞いてない・・・}

(必死に訴えたいのだが、口に筒が入っているため言えない)

「うえっ・・うえっ・・・うぉー・・・うぉー

猛烈な吐き気が襲う。そして口から奥へ、そしてさらに奥へと進んでいくのがすごく

わかりました。(胃の辺りが動いているのがわかるんです)

はっきり言って今まで経験したことのない苦しみで過去最強の相手でした。

そして挿入途中にどこかに突っかかったのか、強引にツンツンって突かれたときは、

さすがに引き抜こうと手を口に・・・

がしかし、見事抑えられてしまう。これを見た医師は、看護師へ鎮静剤投与を要求。

そして更なる投与。

それでも必死に叫びながら抵抗し続けていました。(ある意味拷問に近い)

が数分後、ちょっとぐったりし始め、眠くなりはじめる・・・。

だけどなんか変な感じ。

寝ているにもかかわらず、先生たちの会話が少し聞こえる状態。

だけど痛みも苦しみもないとっても不思議な体験をする。





「パパさん終わりましたよ」

と看護師さんの声で目覚めるのだが・・・もうすでに終わっていた。

おそらく1時間ぐらいだったと思う。

そして治療台から起き上がるのだが・・・

ものすごい眠気が・・・ふらふら状態。

ストレッチャーに乗せられ、病室へ帰って行くのでした。

予想以上強い相手、考えていたよりもかなりきつかった。(術後ランキング1位)

見事敗退でした。




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私も・・・
内視鏡を使う検査や処置は大嫌いです。私が初めて、内視鏡を使っての検査をしたのは18歳の時でした。術後だったので、腸が通常でなくなってるので、十二指腸乳頭の開口部まで届けて造影剤を流すのが難しいらしく、しかも昔だったので眠るための鎮静剤はなかったような・・とにかく、ずっと起きてました。何度も胃液か胆汁かなにか吐いてしまってました。1度はこれ以上無理みたいで中止されて再度検査されました。21歳の時3度目の内視鏡検査受けたけど、この時もあなたのは術後で検査が難しいって言われて時間もかかり苦しくて、
もう2度とやらないぞ!と勝手に決意してました。3度目の手術をすることになった時も、もしかして、また内視鏡するんじゃないかって思って、絶対嫌だって断わろうと思ってたら、Drの方から、あなたは、内視鏡してもわからないだろうから、皮膚の上から肝臓に針を刺すPTCDをしましょうと言われて、3度目の手術の前は、それをして先に、胆汁を体外に排出してました。PTCDをする時の恐怖ったら・・
あれも、もう2度としたくないです。そのとき、幼稚園の年長さんだった娘が、紙で十字架を作って、数珠玉につなげて首飾りにして、「おかあさん、はり、がんばってね。」ってくれたんです。今も持ってます。
肝移植の入院で、術前にやった内視鏡は単なる胃カメラっぽい部分のものだったみたいで、起きてたけど、大丈夫でした。肝性脳症で、頭も普通じゃなかったしね。
3月3日の初めてステント入れた日が、パパさんのこのページのブログと一緒です。鎮静剤は人により効き目がだいぶ違ってくるそうですよ。私も最初に口に吹き込むキシロカインかなぁ~あれが吹きかけられた瞬間、いつも恐怖を感じます。口にくわえさせらるアレも恐いし、でも眠り薬になる鎮静剤、この時は効いてくれたのでよかったです。切れるのが少し、早かったけど。また、長いコメントになってごめんなさい。m(__)m

[ 2011/12/02 16:36 ] [ 編集 ]
PTCDは危険な香りがします。
PTCDってすごく怖そうですね!
担当医から、「もしERBDでチューブが入らなかったときはPTCDを行うから覚悟しておいて!」
って言われてたんです。
僕の場合は胆管が結構曲がっていて大変だったらしいですが、内科医が頑張ってくれたおかげで
何とかを免れることができましたよ(*^^)v
これから先、どんな恐ろしい治療や検査が待っているのかと思えば、ビビリの僕は恐ろしくて
たまりません。(時々パパJAPANの代表の引退を考えます)
リラさんは,担当医から今後予想される検査や治療ついて何か聞いてますか?(痛そうなの)
ちなみに僕は今のところは特に聞いていませんよ。

そして今までで、一番きつかったのは何ですか?(僕はERBD)
もし良かったら教えてねm(__)m





[ 2011/12/02 23:29 ] [ 編集 ]
Angio(血管造影)したことありますか?
アンギオって言う足の付け根の動脈に針で刺してそこからカテーテルを挿入していって肝臓の血管までいって造影剤を流して検査する方法ですけど。それも、恐ろしかったです。動脈に刺すから、検査後も医師がしばらく押さえていて、すごい錘をつけられて一晩中足は動かせず、伸ばしたままの状態でなくちゃならなくてしんどいです。
局所麻酔はするけど、頭はしっかりした状態なので、Dr達の会話も聞こえるし、時間の経過もはっきりわかるし、不安が増します。

こういうの、婦人科の病気でも、血管が問題だったので、やっぱり足の付け根の動脈からカテーテルを挿入してこのときは、問題の部分まで通して塞栓術という治療をしたのですが、患者としては同じような
こと、されてる感じです。・・・こういうの、3回したことあります。

あと、パパさんも移植手術の時、中心静脈・肺動脈カテーテル挿入(IVH)されてたと思いますが・・・私、移植のときはIVHは手術室で、知らない間にされてたみたいだけど、3度目の手術の時は、術前に病棟の処置室で、(何日も前から、それを入れてそこから点滴栄養をしていて絶食状態のまま手術したのです)局所麻酔してから入れてもらったことがあるのですけど、これが、また、意識はしっかりあるので、恐かったです。血管が細くて難しいってDrが苦戦しながら、やってるし、時間はかかるし、この時は鎖骨下静脈からだったと思います。
移植の時は首のところと、上腕の静脈だったみたい。ICUの時、首の点滴はものすごく気になり苦痛でした!2本入ってたのが、1本減った時のうれしかったこと覚えてます。

今は、この先、ERCPぐらいだと思います。一番きつかったの、PTCDかな・・・ERCPだってきついけど、やった後、身体の表面には傷が残らないけど、PTCDは、今でも右胸の下あたり針刺してチューブを入れてた部分に痕がしっかり残ってます。刻印されてるみたい。恐ろしかったデス。
[ 2011/12/04 10:22 ] [ 編集 ]
血管造影は今まで経験ないです。
アンギオって恐ろしそうですね。局部麻酔のおかげで痛みはなさそうだけど、
リラさんが言うとおり頭がしっかりしているというのはつらいです。
痛みがないけど、なんかされてるって微妙な感覚が恐怖をあおるんですね。

僕が人生で最初にうけた恐ろしいことは、移植前のIVH(鎖骨下静脈)でした。
(劇症肝炎になる前は大きな病気、怪我なんてしたことがなかったし・・・)
リラさんの3度目みたいな感じで、局所麻酔でした。
これ以上は恐ろしいことはないだろうと・・・と思ってた矢先の肝生検・ERBD・・。
だけどPTCDやアンギオなど、上には上があるものなんですね。
さすがですe-460よく、耐えましたねe-460
僕なんてリラさんの足元にも及びませんね!まだまだ未熟者ですe-466
[ 2011/12/04 16:51 ] [ 編集 ]
こんにちは
少し久しぶりです、父が亡くなり、ちょっとバタバタして…。 久々に来ました! なんか、人が死ぬって、大きな事ですね。  色んな事が変わって、風景まで変わって見えて…。 生きてるって凄い事なんですね、本人も周りにも。頑張って生きなきゃ!パパさんもリラさんも辛い経験したんだし、生きて生きて下さい! 応援してます。また、お話に参加させて下さい(^o^)                
[ 2011/12/04 17:17 ] [ 編集 ]
エッ・・・
そうだったのですね・・・お父様を亡くされたということは、さぞつらかった事と思います。
以前のような気持ちに戻るには時間がかかるかとは思いますが、頑張ってください。
心から応援しています。
そしていつでも遊びにきてね(^_-)-☆

お父様のご冥福を心からお祈り致します。


              
[ 2011/12/04 20:04 ] [ 編集 ]
ベンツさん、お悔やみ申し上げます・・・
ベンツさんが登場されないなあと淋しい気分でしたが、大変なことになっていたのですね。
愛する人達がいなくなるのは、1番の恐怖です。お父様も天国からいつも見守ってくださってるに違いないです。
みんないつかは天国で再会できるはずって思いませんか・・


私事ですが、今日主人が腹壁瘢痕ヘルニアの手術の為入院しました。
心身症で入院した息子は退院してからもずっと、学校は私と一緒に保健室登校していたのですが、今日は休んで一緒に主人について病院へ言ってきました。明日手術です。
[ 2011/12/05 16:23 ] [ 編集 ]
リラさんへ
旦那さまの手術は無事終わりましたか?
落ち着いたら結構ですので、もしよかったら教えてくださいねe-374
そしてご家族が入院されたりすると、本人はもちろんのこと周りの人もいろいろ大変ですよね。
リラさんも無理をなさらずに頑張ってください。
[ 2011/12/07 10:42 ] [ 編集 ]
父は
病気で何年間か寝たきりでした。不自由、痛みから解放されて今は自由に動き回ってると思います(^o^) 少し前から分かってた事だったし、希望通り家族で天国へ見送れたから、父は淋しくなかったかな(^・^)?今日、お坊さんがリラさんと同じ様な事を言ってました。亡くなった方とはあの世でまた再会出来るって!私もそう思ってます。いつかまた、あっちで会えるって(^^)だから頑張らなきゃ!俺の娘だって父が天国で恥ずかしくない様に胸張って前向いてね(^^)v   私が病気して手術が決まった時、父が泣きながら変わってやれるものなら!って悔しがって、親より先に死ぬなよ!って父なりの不器用な励まし方をしたのを思い出しました。パパさんのお父様も同じ気持ちだったのですね。お父様の気持ちが通じて本当に良かった(^^)   リラさんの旦那様も手術だそうで、心配ですね。私も父も応援してます(^^)/  
[ 2011/12/07 16:04 ] [ 編集 ]
ありがとうございます・・
パパさん、ベンツさん、主人のOPも無事終わって、もう明日は入浴もできそうです。腹壁瘢痕ヘルニアなので、食事も翌日昼からOKだったし。簡単な手術とはいえ、私のドナーになったせいで、起こった病気なので心が痛みます。結構大きく腹膜が脱出していたので、癒着をはがし、中へおしこみ縫い付けるとき、腹壁が薄くなってて再発の恐れがありそうだったから、メッシュという医療用品を用いて一緒に縫込みわざと、炎症をおこして、縫いつけた部分がはずれない様にガッチリ固める方法をしたそうです。メッシュは一生お腹の中に入ったままになるそうです。浸出液を体外にだすためのチューブもついていたけど、今はもう取れました。点滴も取れて、あとは痛み止めのチューブだけ残っていますが、明日それを取ったらシャワーができます。

主人の瘢痕ヘルニアは去年、ドナーになって切った部分の、縦の線の部分で、そこの傷が更に長くなってしまいました。ヘルニアの場合、腸が出て来るとやっかいになるそうですが、主人のは、肝臓がある意味、壁になってくれて腸が出ないようにしてくれてたみたいです。

私は、瘢痕ヘルニアになったことがないのに、どうしてなる人はなるんでしょうか・・なんだかとても申し訳ないです。

顔なじみの看護師さんが、移植患者さんもそうだけど、ドナー同士の人たちも話しができる場があったらいいと思うんだけど・・・って、言ってました。金沢大学病院の方達なんかはそういう会がありますよね。私の行ってる大学病院はありません。
[ 2011/12/08 14:45 ] [ 編集 ]
よかったです
手術が無事終わり、良かったですね。
そして教えてくれてありがとうございます。
腹壁瘢痕ヘルニアとの事で、ドナーのリラさんが責任を感じるのもわかります。
(同じ立場だったら、僕もそう思うかもしれない・・・)
だけど、無事に終わったことだし、あまり自分を責めないようにしましょうね。

金沢大学病院の会、ネットで見たことありますよ。確か、きんかんの会だったかな?
勉強会とかもやっててすごいですよね。
僕の大学病院もそんなのはありません。だから誰も知り合いがいません。(T_T)/~~~
あっ、そうだ、リラさん、ベンツさんにお聞きしたいのですが・・・
肝臓移植手術を病院で何番目を受けたか知っていますか?(自分の病院で)
ちなみに僕は、35人目だったみたいです。僕の通う大学病院では、年間平均5例ぐらいらしいです。
昨年から肝機能障害者にも障害者手帳が交付になったから、薬代等が軽減になったから増えたかも
知れない・・・
(この前、先生にあなたは薬代は1日1万って言われました。自立支援医療のおかげで助かっています)





[ 2011/12/08 22:57 ] [ 編集 ]
私の通う大学病院では・・
自分が何人目だったか、わかりませんが、手術を受ける前にもらったパンフレットみたいなものに「既にこれまで35例行っています。」と書いてありました。看護師さんに聞いたら、移植手術がないときは1年くらいないこともあったとか。ただ、血液型不適合の移植手術は成人では、私がこの病院では初めてだったそうです。
だから、よけい恐かったです。

障害者手帳には本当に恩恵を受けていますよね。ありがたいです。
先天性胆道閉鎖症は、今では小児慢性特定疾患になっていて、公費負担が受けられるみたいですが、私が子供の時はなかったと思います。

ちなみに私が移植を受けるようになった時の対象病名は、胆道閉鎖症術後、肝内結石症術後非代償性肝硬変、門脈閉塞症デス。
[ 2011/12/09 22:20 ] [ 編集 ]
うちは
細かい数字は手術説明書を見ないと覚えてないですが、350~360番台でした。  なので、医師も看護師さん達も手慣れた様子で、安心感のある治療でした。                     リラさん、手術成功おめでとうございます(^^)/         私も手術前に、ヘルニアになる可能性の話を聞いていて、しょうがないかなって思ってたし、今でも、なったらなった時!その時に考えようって思ってます(^o^)                    そんな事より、母の命が助かったのだから、他に代わる物はないと思ってますから(^^)                       だから、ドナーさんに対して色んな気持ちがあるのは当然なんだろうけど、パパさんの言うように、あまり自分を責めない事は大事です。レシピエントが元気でいてくれる事が一番の恩返しですよ(^O^)  私は母の検査結果を見て、悪くなかった瞬間が一番嬉しい瞬間です(^^)v  
[ 2011/12/10 15:24 ] [ 編集 ]
教えてくれてありがとう
リラさん、ベンツさん教えてくれてありがとうございます。

ドナーであるベンツさんの一言一言には、レシピエントをすごく納得させる力がありますね。自分の父が言っているように感じられます。父はこのようなことを絶対僕には言わないのですごく参考になります。

そしてリラさんは自ら通院している大学病院の移植の歴史に、新たなる1ページを刻んだのですね。さすがもってる人ですね。

こんな私たち3人の何気ない会話が、同じ病気で苦しんでいる人や、これから移植をする人の不安解消に少しでも役立ってくれれば、うれしいですね。
[ 2011/12/10 19:33 ] [ 編集 ]
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